今の人ってさぁ、自分が興味ない話だと、
まるでその話題をふった人が、何も言わなかったみたいに、
サッと自分の興味のある話に変えちゃうよね?
「そういうの、興味ないから」
「そういうの、苦手だから」
そう言うのは、まだましかもしれない。
あと、「その道の専門家」とか「本職」の人に、
「あ、それ、本で読んだことあります!」
「テレビで見たことあります!」
って言って、分からないなりに話すと、
「フン!」って鼻で笑うか、しかめっ面して、
「これだから素人さんは…」
って態度になっちゃって、
頭ごなしに決め付けて、話をやめちゃったりする。
そりゃあ素人だから、馬鹿なこと言ってると思うよ?
でも、プロフェッショナルに敬意を表して、話を聞きたいと思うから、
一生懸命、会話を続けようと頑張ってるんだけどねぇ。
ブスッとした顔でも、イライラしながらでも、
「それは違います。本来は、これこれこういう意味で…」
って、説明してくれる人もいるけどね。
なんか、もったいなくない?
せっかく会話の扉が開いたばかりなのに、
自分の決めつけで、「バタン!」と閉じてしまう。
扉の向こうに、すごく面白い話が待ってるかもしれないのに。
素人さんが言うことの中に、新鮮な発見があるかもしれないのに。
そんな風に思う私って、変かなぁ?
ひとりの人が持ってる知識や話題には、限りがあるもの。
いろんな人の話を聞いてたら、
いろんな人が持ってる知識をちょっと、分けてもらえたり、
自分が知らなかったことが発見できたりして、
ひとり分よりずっとたくさん、世界が広がると思うの。
今はみんなが、本当のコミュニケーションをしてない気がする。
それで、自分や限られた仲間だけの狭い世界に生きてて、
つまんないから、イライラカリカリしてる。
ドア閉めちゃったら、そりゃあ狭いし鬱陶しいと思うけど。
こんなこと考えるのって、偉そうかなぁ?
昔、お寿司屋さんで、
「あがり下さい」
「おあいそ、お願いします」
って言うのは、みっともないことだって習った。
「あがり」も「おあいそ」も、店の人が使う言葉であって、
お客さんが通ぶって使うのは、みっともないって。
「お茶下さい」
「お勘定、お願いします」
でいいんだって。
だから、素人さんが知ったかぶりするのは、
カッコ悪いっていうのも、分かってるつもりだけど。
う~ん、できてないかな?(笑)
私は、会話の扉の向こうに行くのが好き。
自分が知らなかったことが分かったり、
知り合いの人の意外な一面が見られて、もっと仲良くなれたり、
自分には絶対に行けないプロフェッショナルの世界を、
ほんの少しだけ見せてもらえたり。
もちろん、失敗もするし、痛い思いもする。
まあ、人の気分を悪くする話題とか、
どう考えても歪んで偏った考えの扉には、入らないけどね。
世の中には、いろんな扉が開かれてて、
自分の知らない世界がたくさんあると思うから、
現実が厳しくても、偏屈親父との同居生活でも、
やっぱり外に出て、いろんな人と接したいと思う。
世界には、まだまだ出会ってない人がいっぱいいて、
自分の知らないことが、た~~~くさんあると思えるのって、
とっても素敵なことだと思う。
う~ん、私って懲りない馬鹿かもしれないね(笑)
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